責任感のある親ならだれでも「No」という言葉の大切さを知っています。渋々でも「Yes」と言ってしまえば、一時的な子どもの癇癪は回避できるかもしれません。しかし長い目で見ると、しっかり「No」という方が子どもに限度を教え、我慢強い心と決まりを守る姿勢を育てることにつながります。つまり、「ダメなものをダメと言う」ことには良いことの方が多いのです。ではなぜ、職場で「No」というのは難しいのでしょうか。しかも職場にいるのは子どもよりずっと思慮も分別もある大人であるにも関わらずです。
よくあるパターンながら、その答えは人間の心理の奥底に潜んでいます。何にでもすぐ「Yes」と言いたくなるのは、「良い人」だと思われたいという心理の表れです。「Yes」には、「No」と言うときの気まずさがありません。さらに人間関係においてはより建設的な返答でもあります。たとえはじめの答えが「No」だったとしても、2回目に頼まれれば「Yes」と言ってしまう人も多いものです。いわゆる「一度ダメでも二度三度」という作戦で、返事をする側にはじめの「No」で感じた罪の意識を緩和しようとする心理が働くためです。
当然ながら、何にでも「Yes」と言うことは、仕事をする上で得策ではありません。同僚の機嫌を損ねたくないというだけで他の人のタスクを請け負って、彼らの仕事のために自分の時間を割いてばかりいては不満が募るばかりです。
では、そうならないための上手な断り方をご紹介します。
断ることが実は同僚のためになる
「No」ということは決して難しいことではなく、実は非常に学びやすく、自分の役に立つスキルです。「Yes」が罪の意識を避けるためだとしたら、「No」は他の人々に自身のニーズや、それに必要なリソース、そして、頼みごとを引き受けないことが実はその人のためになることを伝えることです。
断り上手な人は、ニュアンスの違いを上手く使いながら「Yes」と言いつつ断ることができます。例えば、「代わりに引き受けても構いませんが、その分私が今携わっているプロジェクトの完了が遅くなります。それでもいいですか?」という具合です。このような断り方であれば相手の要求に個人的な感情を交えずに済むだけでなく、より重要なほうを選ぶ権利を返すことで相手を尊重する姿勢を示すことにもなります。
「No」という返答は、それが与えられた権限を再確認するために用いられる場合には許されます。たとえば「悪いけど、これは私の仕事じゃなくて、○○さんの仕事です」という言い方です。または誰かに仕事を任せることが重要なタスクである場合も受け入れられやすいでしょう。「その仕事は、良い経験になるので私ではなく、○○さんや、△△さんにお願いした方がいいと思います」のように言ってみるとよいでしょう。
こうした返答が有効なのはどちらの場合もその「No」が「いやだ、やりたくない」という反応を示すものではなく、悪い方に受け取られにくい、仕事上、必要とされる戦略的な返答であるためです。スタンフォード大学のダニエル・ニューアーク氏の調査(英語)によれば、ほとんどの人は誰かに何かを頼むときに「断られる可能性」を実際以上に高く見積もることが多く、「Yes」と答えてくれる人を見つけるには、本当は6人で済むところを10人に尋ねなければならないと考えていることがわかりました。これは知っていて損のない事実だと言えます。大半の人が実際の可能性よりも高く「No」と言われるだろうと考えているわけですから、説得力のある、理にかなった「No」であれば負担に感じる必要はありません。
練習により「断り方」を極める
とは言え、断り方を上達させる方法はあります。同僚の依頼を断る際は必ず面と向かって直接言いましょう。メールでは誤解が生じることもありますが、対面であれば反応を確かめることができます。最良の方法は手短に説明を添える方法です。決して長々と言い訳がましくならないようにしましょう。
なかなか「No」とは言いにくいかもしれませんが、(当然ながら正当な理由がある場合は)何度か言ううちに徐々に慣れていくでしょう。企業ポリシーを引き合いにした断り方もあります。「xxxは社内の規則でできないことになっています」と言えば、個人の感情からはますます遠ざかります。たとえ断る際に自身の判断を交える必要がある場合でも、その判断が公平である限りはそれほど難しく考える必要はありません。
誰でも、できればもっと「Yes」と言いたいのが本音です。イギリス人のコメディアン、ダニー・ウォレスが書いた『Yes Man(イエスマン)』のなかでは、主人公が日々のあらゆる要求に「No」という代わりに「Yes」と答えることでその人生が魅力に満ちたものになっていきます。しかし、必要なときに「No」ということは、深く考えすぎる必要のないものです。きちんとマナーやルールに従っている限りは、さほど難しいことではありません。